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2010.02.26

天ハ人ノ上ニ...

Robo20100225_1昼休みに散歩してたら、「福沢諭吉誕生地」との石碑を見つけた。

場所は朝日放送(ABC)の新社屋の前。

前に通った時には気付かなかったが...


Robo20100225_2隣には「学問のすすめ」冒頭であまりにも有名な一節。

ここだけ取るとはあたかも「人間皆平等。だから差別は良くない。」といったニュアンスで捉えられがちであるが、実際はちと違う。


青空文庫の「学問のすすめ」の初編の冒頭から引用してみると、
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「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤(きせん)上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資(と)り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥(どろ)との相違あるに似たるはなんぞや。その次第はなはだ明らかなり。『実語教(じつごきょう)』に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。また世の中にむずかしき仕事もあり、やすき仕事もあり。そのむずかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き人という。すべて心を用い、心配する仕事はむずかしくして、手足を用うる力役(りきえき)はやすし。ゆえに医者、学者、政府の役人、または大なる商売をする町人、あまたの奉公人を召し使う大百姓などは、身分重くして貴き者と言うべし。
 身分重くして貴ければおのずからその家も富んで、下々(しもじも)の者より見れば及ぶべからざるようなれども、その本(もと)を尋ぬればただその人に学問の力あるとなきとによりてその相違もできたるのみにて、天より定めたる約束にあらず。諺(ことわざ)にいわく、「天は富貴を人に与えずして、これをその人の働きに与うるものなり」と。されば前にも言えるとおり、人は生まれながらにして貴賤・貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人(げにん)となるなり。
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簡単に要約すると、
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「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言われている。
しかし、生まれたときはまあみんな同じようなもんだけど、実際には偉い人もいればバカな奴もいる。金持ちもいれば貧乏人もいる。
その差は何かと言えば学ぶか学ばないかであり、よく勉強する奴は偉くも金持ちにもなるが勉強しない奴はダメダメだ。
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って感じかな。
で、「学問のすすめ」と。

てなことを昔、ABCの深夜番組「ビーバップハイヒール」で言ってた。

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